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2006年06月17日

ベランダ素描

ベランダ今日の仲間=
シャクトリムシ4
茶色いいもむし1
カマキリの子1

花の終わったレモンの樹にシャクトリムシとカマキリの子がいます。
やはり花の終わった雲間草のかげからいもむしが顔を出します。

この堅い無機質なベランダで、3種の仲間に出会えるなんてとても嬉しいこと。
カマキリの子は1センチくらいで、でももう大人の
ミニチュアみたいに虚勢を張って。
こまかく刻んだ千切りしょうがみたいに生まれて来るカマキリの
何千という子どもたちのうち、でも立派に生き残れるのは1、2匹。
お前はその1、2匹になりなさいよとエールを送ると
その子は小さな鎌をちょっと動かす。

愛らしかったしゃくとりむしは同居人が「噴霧しよう」と言うのを
お願いだからととめていたところ、
みるみるうちに数を増やし結局ベランダから捨てることに。
(ちなみに同居人の言葉に違和感を覚えて調べたけども
やはり「噴霧」というのは動詞にならない)
レモンの若葉はみごとに食い荒らされ。
でも葉っぱはたくましいからまた生えて来る。
けども「噴霧」したらば、シャクトリムシはもう来ない。
そこで命はストップする。そういう不自然なことはきらいです。

レモンの木につく貝殻虫との関係だってそんなもの。
ついてはとってついてはとって。
いたちごっこ、それでいいのだと思います。

そしていもむし。
これが昨日うちのカンナさんに捕獲されてきました。
弄ぶカンナ、丸くなるいもむし。
様子を伺うカンナ、動きだすいもむし。
また弄ぶカンナ、丸くなるいもむし・・・
いもむしはさぞうまいんだろうな、これも食べるんでしょカンナ、と
せかしていると、いもむしの動きのグロテスクに耐えかねた同居人が
ベランダの外に捨てに行き。
カンナの野性味あふれる遊びとその先にある食事、
それを見守る私の野次馬根性はベランダへと消えて行ったのでした。

今日は下北沢でおじぎそうを買いました。

2006年06月05日

見えない風景

昔から伴侶のいない人とか子のない人とか
会うと訳もなく惹かれることがありました。
それは多分、夫のいる人や子に囲まれている人には
見えないものが見えていてその諦観にもにた、
けれど穏やかな優しさのようなものに惹かれるからです。

もちろん、子のある人に見えるものが子のない人には見えない、
そういうこともあるでしょうけども、それは世間の悪気のない
人々が無遠慮に口にすることでもあるので、
あまり大切なことには思えません。

むしろ伴侶ある人、子のある人には見えない風景を眺めながら
人生は一人きりであるんだということを感じながらあるいて行く
一人の人のその佇まいに訳もなく惹かれます。
そこにあるのはまやかしでも虚勢でもなく、
誤解や独断から遠くある、潔い一個の人間の姿だと思うのです。

私自身が仮に結婚し子を持つ道を行くにしても、
彼らの見ている風景をいつもどこか心に
思い描きながら歩いていたい。

こんなふうにいつも
見えない風景に惹かれています。