黄金町の空室
黄金町ライブのあった「試聴室その2」は不思議な会場だった。
高架下の細長い空間がゆるやかにギャラリーやカフェとしてつながっており
その真ん中あたりに演奏のできる小さなステージもあるのだった。
当然入り口もいくつもあり、絶えずライブに関係ないお客さんも
その空間に足を踏み入れているような状況で、
こもることなく、常に人やものが流れていく、横浜という街に
どこか通じる風通しのよさを感じさせる場所だった。
少し離れているのですが、と歩いて案内された楽屋は
高架沿いにしばらく歩いたところにあって
小さな染物のギャラリーになっている建物の奥にかくれるように建っている
二階建ての建物の中にあった。
入り口が透明なガラスの引き戸で四つほどある。
その一つに入ると四畳半ほどの細長い
一階はがらんとして何も無く、狭いシャワー室脇の階段を上がって二階へ
上がる。テーブルと椅子がおかれた
二階にあがったところでPoPoyansのcheruさんが
不思議な建物ですね、とつぶやくと
「売春につかわれてたところなんです、2005年まで」との
答えに一同一瞬ひるむ。街ぐるみで歓楽街を変えようと、
今は若手アーティストのギャラリーなどに姿を変えているのだという。
あらためて一階に下りるとトイレがあった。
「あまりおすすめはできません、会場に戻ったほうが・・」
と言われたトイレだったが私は入ってみた。
便器に座ると、想像というにはあまりに生々しく
かつて同じ恰好でここに座ったであろう女性たちのことが思われた。
けだるさであったか、やるせなさであったか、惰性による無感覚であったか
そのすべてであったか、そうしたものを含んだ彼女たちの吐息が
狭い空間の中で自分の背中に折り重なってくるような感じがした。
二階に戻ってみる。
ここにおそらくベッドがあったのだろう。
私はがらんとした楽屋である詩を思い出していた。
ここに立つと女はみな
同じ鍵穴のついた空室になる
値ぶみするような
男の視線に
まともにぶつかり
私は表札のない空室になる
柴田千晶『空室』(ミッドナイト・プレス、2000年)
東電OL殺人事件を題材にした詩の一部である。
柴田氏は都守美世が参加したポエトリーリーディングでやはり朗読されていて知った。
(ちなみにこのとき、美世ちゃんは「燕の帰る晴れた朝」も朗読した)
この会は斉藤斉藤氏も参加されていたり、今思うと大分豪華な会であった。
ポエトリーリーディングとしての圧巻は主催の伊津野重美氏だった。
柴田氏の朗読は割と淡白でてらいのないものであったが、
その詩の吸引力が強く、終わってその場で上の詩集を求めた。
被害者の東電OLが売春を繰り返していた神泉駅周辺を
柴田氏が訪れ書かれたこの短編詩は、「彼女」との対話で
しめくくられる。
路上にしゃがみこみ
彼女は静かに放尿している
静かに
深部を絞り出している
(寒いわね)
と、彼女はつぶやく
(寒いわね)
と、私も応える
彼女の空室に
紙のような夜が
また
積み重なる
柴田千晶『空室』(ミッドナイト・プレス、2000年)
「空」という字を「から」とも「むな(しい)」とも読むのは
漢字の奥深さを感じさせる一例になるであろうが
柴田氏は「空室」を女が抱えていると表現することで
生物学的な構造としての「空室(=おそらくは子宮)」のみならず、
女の空しさや虚無をも強烈にあぶりだす。
私はがらんとした細長い楽屋にいて
まさにここも「空室」だなあと思った。
不可能ではないが、人が根を下ろして生活する間取りではない。
時間が来れば本来の空室にもどって、人はたちまち消える場所。
四年前に一帯から売春業者は締め出されたというが、
どこで締め出すにせよ、遊郭の歴史が長々とあり、
半世紀前までは公娼のいたこの国で
ビジネスとしての売春業がなくなることはない気がする。
四年前まであの空室で男を待っていた女たちはどこへいったのだろう。
彼女たちの内なる空室は今も満たされぬままがらんとしているのだろうか。
追記
ライブには友部さん夫妻がいらしてくれて
楽屋の話をすると友部さんが歓楽街だったころの黄金町の話をしてくれた。
帰り道PoPoyansの二人と歩いていると、立ちションしているおじさんがいて
おじさんのおしっこが3方に分かれていたとnonchanが教えてくれた。
上記の伊津野重美氏の朗読ライブはその後2回ほどうかがったが
本当に素晴らしい。『真夜中』でエッセイを書いていて、それが
とても面白くて気になっていた新進気鋭の映画監督石井裕也氏も
伊津野氏と親交があるらしく、人的つながりの面白さを思う。