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    <title>Thousands Birdies&apos; Legs</title>
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    <updated>2012-02-28T16:48:26Z</updated>
    <subtitle>メンバーそれぞれ、いろいろ書いてきます</subtitle>
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    <title>冬は丼</title>
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    <published>2012-02-28T15:51:54Z</published>
    <updated>2012-02-28T16:48:26Z</updated>
    
    <summary>冬は丼物がいい。温かいご飯の盛られた丼物なら何でもいい。 左手で丼を持って食べ始...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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        冬は丼物がいい。温かいご飯の盛られた丼物なら何でもいい。
左手で丼を持って食べ始めると
手袋をしても冷え切ってかじかんでしまった手が、じんわりと温もりを取り戻していく。
ラーメンでは熱すぎてこうはいかないし、
普通の茶碗では小さいので、掌の内側全体は温まらない。
30年生きてきて一番寒い冬に直面し、しみじみと感じたのは
冬は丼がいい、ということだった。

基本的に細かい性格でもないし
きちんとした性質でもないので
物をよくなくす。
特に手袋はなくしやすいものの一つだ。
靴下もそうだがペアのものというのは大抵片割れとはぐれてしまう。
子どもが生まれてからは、余計にカバンの中から物が移動していたりするので
出発前に、きちんと手袋をして出かける、という余裕がないことも多い。
朝、保育園にいく子ども3人の用意をバタバタしながら、
ほら時間がないから急いで！とけしかけて、
自転車置場までやってきて気づくと自分が手袋しそびれていることも度々だ。

気分としては、半ばかっかと熱くなっているので
このくらいの寒さ、と勢い込んで自転車に乗るものの
風の強い日などは、手が悲鳴をあげる気がした。
今年の冬は北極圏から寒気が流れ込んでいるということだ。
極地の空気、極地の風なのだ。
ハンドルをにぎるもろ手はその冷たさに殺意を感じながらひたすら耐え続けるしかない。
極地の旅も経験している石川（直樹）さんは東京のこの寒さをどう感じるのだろう。
他の用件でメールしたときにきいてみたことがあるが、
その質問については回答がなかったので
「屁でもないよ」ということかもしれない。

冬のお迎えは6時でも真っ暗だ。
家に帰るころはさらに真っ暗。
おまけに例の寒さである。
手は寒さに震えかじかみながら、
すぐに手袋をなくしたり、
見つからないまま出発したりする
私のことを恨んでいるように思う。

けれど、最後にちょっと素敵な時間がある。
歩くと30分の道のりをよいこらのろのろ毎日やっとのことで
乗せてくる三人の娘たち。
14キロの長女の脇を抱いて先ず下ろし、
12キロの次女を続いて下ろし、
最後に8キロの三女を下ろして胸に抱く。

その三回、氷のようになった手にぬくもりが戻ってくる。
彼女たちの着ているコートの上から感じるそれは
多分とてもわずかなぬくもりなのだけれど
冷え切った手にそれは十分すぎるくらいに温かい。

そう、その三回はちょっと特別だ。
真っ暗闇に温かな灯をともしてもらったような、
寒くなくなる魔法を三回かけてもらったような。
ちょうど左手の丼がじんわりと掌をあたためたように
3つの温かさが静かに胸をあたたかくして
寒さのことはほとんど忘れてしまうのだ。
階段を上って三階の玄関のドアを開けるころには。

さて今日は何を作ろうか。


        
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    <title>Dommuneで伝わらないもの</title>
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    <published>2011-11-10T06:58:17Z</published>
    <updated>2011-11-10T19:13:19Z</updated>
    
    <summary>9月にドミューンというネット番組に出演した。 ライブをやらせてもらったのだ。 そ...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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        9月にドミューンというネット番組に出演した。
ライブをやらせてもらったのだ。
そもそも去年の秋出演予定だったのだが
当時三女を妊娠中で、秋になって切迫流産気味で安静に
ということになってしまい、直前にキャンセルさせてもらったのだった。

このとき、結局流れてしまったわけなのだが、そうなる前
私はある曲をDommuneでやるべきかとても迷っていた。
「私は知らない」という曲だった。
大きな無力感から生まれたこの曲は
ライブでやると反響が大きかったが、
同時に重苦しいテーマを扱うものでもあって、
一番最初に新宿タワレコのインストアで発表して以来
やるべきかやらぬべきか躊躇する曲になっていた。
明らかに場を選ぶ曲だった。

Dommuneで伝わるのだろうか。
私には分からなかった。

下高井戸の中古レコードや本を扱う雑貨屋トラスムンドの店長から伝え聞くところによれば
クラブに集う若者は減りつつあったが、Dommuneの中継を見て
その魅力を知り、今までクラブに行ったことのなかった層が
実際にクラブに向かう、という事態が起こっているらしかった。

それならばやってみようか。
えいと振り切るような気持ちでDommune当日
「私は知らない」をやった。
あとで延べ3500人くらいの視聴があった、と宇川さんが教えてくれたが
実際沢山の人がその歌詞の一部をリツイートしてくれていた。
けれどどこまで何が伝わったのか私にはやっぱり分からなかった。
こういうとき、番組の前半でやったトークに出ていただいた杉田俊介さんなら
瞬時に思考をめぐらせ言葉にできるんだろうと思いつつ
自分はさっぱりクリアでない頭を抱えてやっぱり分からない、と思っていた。

その後、文具を扱う銀座伊東屋の季刊フリーペーパー「ITOYA POST」での
エッセイの仕事が来て、手書きの手紙とメールの違い、
生演奏とCDや映像での演奏との違い、
などを考えたりしているうちにようやく辿りつけたのは
そこに「ぬくもり」があるか、ないか、という実に単純なことだった。
私とあなたがここにいる、そのぬくもり。
画面を介しては伝わりきらないもの。
それは明らかに演者に影響し、会場の空気を創りだす。
「ぬくもり」の中で聞いた音楽はダイレクトに伝わる、としたら
では「画面を通して」聞いた音楽は？
それが薄まって伝わるのだろうか。
ここが難しいところで、例えば映像は会場では小さくしか見えない
演者の手の動きなんかをアップで伝えることができる。
そこでまた別の臨場感のようなものが生まれたりもする。

正直に言って、この問題の答えを出すことは難しい。しんどいのだ。
ほんとは、その場にいる「ぬくもり」なんてあんまり重要ではないのかもしれない。
いや、重要でなくなっていくのかもしれない。
多分そのことが怖いのだ。
すでに大多数が「画面を通じて」ものを考えたり感じることに違和感を感じなくなってきている。
世間の「感じ方」が「画面を通じて」、という方向に総じてシフトすれば、
たとえ実際の「感じ方」に変質があったとしても、それは気付かれずに簡単に見過ごされる。
実際ささいなことだ。あんまりささやかだ。
「ぬくもり」なんて。

このやっかいな問題に答えがでないまま、うろうろ駄文を書き散らしているのは
そのささやかさゆえに「ぬくもり」が失われていくのが怖いからだ。

会場でお会いした宇川さんの天真爛漫な温かさは本当に印象的で
ネット空間に熱い現場を創出した人の、人を巻き込んでいくパワーを感じた。
Dommuneで伝わらないもの、それがあるのかないのか私は今も分からない。
けれど、上で書いたクラブの例のように、画面の前から「ぬくもり」の空間へと
連れ出す力がDommuneにあるのだとすれば、そう悲観することはないのだろう。

メールが主流になった今も、たまに手書きの手紙を書いてみるように
普段は画面で音楽を聞いていても、たまにはライブ空間に足を運んでみる、
そう選択することで、21世紀の音楽現場の「ぬくもり」は細々と存続していくのかもしれない。










        
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    <title>デモの日、新宿GAP前で</title>
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    <published>2011-09-12T14:43:55Z</published>
    <updated>2011-09-12T15:51:10Z</updated>
    
    <summary>デモは学生のころ一人で参加していた。 ちょうどイラク戦争のころだ。 一人でそうい...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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        デモは学生のころ一人で参加していた。
ちょうどイラク戦争のころだ。
一人でそういうものに参加していると
民青とか新左翼とかからしょっちゅうオルグされたが
その都度断った。

デモは一人で歩くものだと思っていた。
私は大学で中国文学科に所属していたが、
デモやシンポジウムに行くとよくK助教授に会った。
先生もいつも一人で参加していた。
お互い知った顔を見つけて手を振って、そんなことが嬉しかった。

川崎哲さんがアメリカ大使館前での抗議行動などやっているころ、
空爆反対を訴えて、各国の大使館をまわるツアーを組んでいて、それも一度参加した。
広尾の喫茶店前で待ち合わせると川崎さんが一人でやってきた。
一人でこんなこと企画してすごい人だ、と思っていたら
いつの間にかピースボートの人になっていた。

原発の問題が起きて、反原発のデモが若者に今までになく浸透してから
私はデモには行っていなかった。
樋口健二『闇に消される原発被曝者』を読んで以来
私の中で、原発および労働者の被曝問題への衝撃と怒りは
２０１０年にマックスに達していて、会う人やライブのお客さんに
それを伝えることで、その興奮は冷めぬものの、当初の熱を失いつつあった。
３・１１以後週刊誌がこぞって、原発の闇の部分を取材し始め、
樋口さんのコメントが載るようになったのもなんだか夢のように思えた。
世間が気づき、調べ、騒ぎ、怒り始めている。
不謹慎な言い方だが、私は単純に嬉しかった。
そんな私の身に起きたおかしなタイムラグは
私にデモに向かわせる怒りを薄めてしまった感があった。

９・１１のデモも、だから、演奏の誘いを受けなければ参加していなかったと思う。

主催の二木信から当初聞いていたのはアルタ前に４時半集合。
それが直前にGAP前に変更され、４時半過ぎにGAP前につくと、何やら
警官とサウンドデモの参加者や関係者がもめている。
その真ん中に松本さんが見える。
警官はざっと３０人はいそうだ。
そのうち松本さんがクビをふって輪から出てきたので
大丈夫ですか、と近寄ると
「今日は特別キビしいんだよ、アルタ前もこっちも許可とってるっていうのに」と洩らす松本さん。
２バンド目の演奏でストップしているらしい。

私も輪の中心に近づいて少し話に耳を傾けてみた。
小さいドラムを肩にかけたお姉さんが一人の警官に問いかけている。
「どうして許可とってるのにダメなんですか」
「原則ダメ、原則ダメなの」

つまらない屁理屈を吐かなければデモ規制はできないようだ。

警官はみな同じ制服を着ている。
高校でたてのような若い人も中年の人もいる。
心底デモが憎いような顔している人も、そうでもない人もいる。
一人、黙ってはいるが、心境的にはデモ参加者に共感しているような表情の
おじさん警官を見つけた。おじさん警官は困ったようななんとも複雑な表情をしていた。
先の質問していたお姉さんが、今度はそのおじさん警官に問いかけた。

「音楽やっちゃだめって、どういうことですか。
宣伝カーで大音量まき散らしてるトラックもいるのに。
デモできないってどういうことですか、おかしくないですか」

おじさん警官は黙っていた。
お姉さんは視線をまっすぐに警官に投げかけてはなさない。
するとおじさん警官はほんの少しずつ身体の向きを変えていった。
喉元まで出かかった言葉を抑えこんでいくように、少しずつだった。
そして最後はお姉さんに背を向けた。
それはなんだか滑稽な風景だったけれど、
一人の警官の情け無い姿ではあったけれど
私は、おじさん警官を馬鹿にして笑う気分にはなれずに
心がねじれてしまったような苦しさを感じた。

警官だって、放射能汚染が安全なレベルだなんて、
本気で信じている人は少ないだろう。
幼い子どものある人は、家に帰れば情報収集にいそしんでいるかもしれない。
心情的にデモに共感している警官は少なからずいたと思う。

それでも心を、思考を殺さなくては、警官などつとまるまい。
デモは良識ある市民への迷惑、危険分子の温床、暴走するもの、そう思い込むことで
警官のデモ規制は始めていくらかやりがいのあるものになるだろう。

おじさん警官の背中にはそうした思い込みに
染まりきれない一人の人間の苦渋が滲んでいたように思う。

サウンドデモはなかなか再開しそうにないし
お腹がすいたので、GAP前に座って
持ってきたおにぎりを食べる。

手を後ろで組んだおじさん警官をじっと見ていると一瞬目があった。
優しそうな眼差しは一瞬戸惑ってから
すぐに伏し目がちにそらされた。
        
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    <title>追悼、一年越しの</title>
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    <published>2011-08-08T15:10:20Z</published>
    <updated>2011-08-17T16:11:23Z</updated>
    
    <summary>「わたし、しむのやだ」 長女ははっきりとそう言った。 小さな命のかたまりが発した...</summary>
    <author>
        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
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        「わたし、しむのやだ」
長女ははっきりとそう言った。
小さな命のかたまりが発したその言葉は
とても重たく響いた。美しく、響いた。

佐野洋子さんが最近亡くなったから、というわけではなく
いつかは買ってあげようと思っていた一冊、「100万回生きたねこ」。
いくつもの死が描かれ、いくつもの嘆きが描かれ、ねこが愛を知った最後は
生き返ることのない、決して明るくはないストーリー。
三才には早すぎるかなと思いつつ、読んでやると
二歳の次女も真剣に聞いていて、最後にはもう一回、とねだる。
そして何度目か読んでやった時、長女が言ったのだ。
死にたくないと。

そもそも、どうして二年もブログを書かなかったのだろう。
ただの怠惰、と言ってしまうとそれまでなのだが、
書く機会はたしかにあった。そして私はそれを逃した。
それきり書けなかった。
書かなければと思っていたことを書く機を逸して私の心はうろうろしていた。

2010年春、お世話になった人が自死した。
その追悼文をブログに書きたかった。
ライブハウスを経営していた彼の死に
色んなアーティストが自分のブログで追悼の意を表していた。
でも私は書けなかった。書きたかったけれど書けなかった。

死の直前彼は何人もの知人にメールを送った。
一人ひとり違った文章だったらしい。
私のところにもそれは来た。
長い旅にでます、とメールにはあった。
私は最初文字通りの意味に受け取り、その直後に嫌な予感が押し寄せた。
彼は自作の「夏至」という曲をカバーして欲しい、と私に言い残して死んだ。

アーティストでもあった彼の「女子美」というアルバムはとてもいいアルバムだった。
その中で「夏至」は、病的な歌詞で特に目立つ曲だった。
病的とはいっても、抜群のユーモアのセンスを持ちあわせた彼が歌うと
どこかおかしみが滲んで、つい笑ってしまうような一節を持つ曲でもあった。
しかし、彼の苦悩の深さを知った後は彼の心の虚無が投影されたフレーズに
切なさを禁じ得なかった。

虐待を受けたこと、心を病んでいること、作家になりたいこと、
好きな音楽のこと。
忘れた頃に彼からのメールは来て、いろんなことを書きあった。
私の知ってる苦しみなんてたかが知れている。
その何倍だったのだろうか。彼が抱えていたものは。

去年の夏至は彼を思った。
今年の夏至も彼を思った。
来年の夏至も彼を思うだろう。
死ぬまで、毎年、思うだろう。

追悼文はやっぱり書けない。
思いが高ぶって今も書けない。

彼のほんとの気持ちは分からない、でも今話ができるなら伝えたい。
死にたかったよね、背負ったものが重すぎて、と。
生きたかったよね、店に集う沢山の仲間がいたもの、
みんな大好きだったもの、羽場さんのことが、と。



最後に伊津野重美さんの美しい短歌を二首ひいて、
追悼文にまとめられない追悼の思いを。

きみの声わずかに光ることなどもわたしの胸に残る風紋

信じてもいいですか額にあわき翳りもつ人よ　いのちはうつくしいと

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(伊津野重美『紙ピアノ』(風媒社)　より)



        
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    <title>カラスと子猫</title>
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    <published>2009-07-06T04:58:21Z</published>
    <updated>2009-07-09T14:02:59Z</updated>
    
    <summary>カラスが好きだ。 いつからということもないのだが、小学校のころから 電線にとまっ...</summary>
    <author>
        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        カラスが好きだ。
いつからということもないのだが、小学校のころから
電線にとまったカラスの存在感が特別なものに思えて
よく足を止めたし、今でもそれは変わらない。

よく聞いていると彼らはいろんな鳴き方をする。
その鳴き声を研究している研究者が昔テレビに出ているのをみたが
漠然といつかこの人にいろいろ教えを乞いたいものだと思った。
高校から数学の授業が苦痛になってしまったこともあり、
理系の道は全く考えなかったが、今でも動物や昆虫の研究は
面白いだろうなあと夢想する。

そんな訳でカラスの声には耳ざとくなっているので
人の声の物まねはあまり得意ではないが
カラスの鳴きまねはうまい方だと思う
(他は目玉の親父の声もうまく真似できる)。
カラスと遭遇して周りに人がいないとつい鳴きまねをしてしまう。
そうするとカラスは戸惑ったような感じでちょっとはねたり首をかしげたりする。
鳩やすずめではこういうやりとりはできないので、やはりカラスは面白いと思う。

ある日、都の広報が入っていたので読んでいると
「野鳥特集」が組まれており、ヒナが落ちていたときの対処法、
怪我をした野鳥の介抱の仕方などが書かれていた。
野鳥を捕まえて飼育することは法にふれるらしい。
私は思った。カラスは何なのだろう。もともとは山に暮らしていたれっきとした野鳥。
そのカラスが都によって捕まえられ年に数千羽殺されている。
数年前そういうことが始まったらしいと聞いたとき覚えた違和感がむくむくとまた湧き起こる。

怪我の介抱を都民に広く紹介される小さな野鳥たちとは随分扱いが違う。
ごみを荒らすのは野鳥ではなく害鳥ということか。
「東京都カラス対策プロジェクト」には
「半年程度で東京のカラス被害を減少させます。
(具体的には東京のカラスを数千羽減少させます)」とあった。
焼却処分だ。
地方でも猪などの害が多いと捕獲するというが
それは多くの場合人の口に入るという。

鳥の中では高い知能をもちながら
「野鳥」の範疇から当然のように除外されて
ただゴミのように燃やされていくカラス。
人間の生活改善のためにそれを取り仕切る東京都。
日々そんなこと忘れて暮らしている私。
「野鳥特集」を見て、ようやくそういう状況を思い出す私。
思い出したからとて何をするでもない、愚鈍な私。

そんなある日、買い物にでかけると頭のほうから子猫の鳴き声がする。
ふと前の家の屋根を見上げるとカラスが子猫を食べているところだった。
実家の猫は鳩をとってくることもあったが、カラスとなると逆に猫が食べられてしまうとは。
子猫はまだまだ生きているがどんどん肉をついばまれ、屋根にうちつけられたりして
とても助かりそうに無かった。声だけが哀れに響いていたが、
どうすることもできないので買い物に行った。
帰り道、もう子猫の声はせず、カラスはまだ食事中であった。

ショッキングな光景ではあったが、
焼却処分とともに、ゴミのネット徹底や巣の除去も併行して行うカラスプロジェクトが
展開されるなか、カラスも必死に違いない。
食料は減り、親兄弟を殺され、子供を奪われたカラスもいよう。
子猫の肉片を執拗についばみ続けるカラスのくちばしはただただ生きることを求めていた。
ゴミのようにむなしく燃されていった同胞のようにお前はなるなよと思った。

先日娘と少し離れた農産物直売所まで自転車で行った。
途中、別れてしまった人と暮らしていたあたりを通った。
ある家の庭は野良猫にえさをやっていたので、黒猫の一家がよく
集まっていてその人とよく足を止めたものだった。
通りかかると、黒猫の子猫が数匹生まれている。
あの人と見た子猫の子供だろうか、孫だろうか。

そそくさと逃げてしまうのもいるけれど、物怖じせずそのまま座っているのもいる。
「猫の赤ちゃんね」
娘は指さして、うれしそうに「アカチャン」という。
まんまるいで勝気そうに座っている黒い子猫を見て
時がめぐったな、と思う。

お前はカラスに食べられるんじゃないよ、と心でつぶやいて、またペダルをこぎだした。













、

        
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    <title>黄金町の空室</title>
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    <published>2009-04-07T07:58:34Z</published>
    <updated>2009-04-07T14:51:20Z</updated>
    
    <summary>黄金町ライブのあった「試聴室その２」は不思議な会場だった。 高架下の細長い空間が...</summary>
    <author>
        <name>寺尾紗穂</name>
        <uri>http://www.tblegs.com/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        黄金町ライブのあった「試聴室その２」は不思議な会場だった。
高架下の細長い空間がゆるやかにギャラリーやカフェとしてつながっており
その真ん中あたりに演奏のできる小さなステージもあるのだった。
当然入り口もいくつもあり、絶えずライブに関係ないお客さんも
その空間に足を踏み入れているような状況で、
こもることなく、常に人やものが流れていく、横浜という街に
どこか通じる風通しのよさを感じさせる場所だった。

少し離れているのですが、と歩いて案内された楽屋は
高架沿いにしばらく歩いたところにあって
小さな染物のギャラリーになっている建物の奥にかくれるように建っている
二階建ての建物の中にあった。
入り口が透明なガラスの引き戸で四つほどある。
その一つに入ると四畳半ほどの細長い
一階はがらんとして何も無く、狭いシャワー室脇の階段を上がって二階へ
上がる。テーブルと椅子がおかれた
二階にあがったところでPoPoyansのｃheruさんが
不思議な建物ですね、とつぶやくと
「売春につかわれてたところなんです、2005年まで」との
答えに一同一瞬ひるむ。街ぐるみで歓楽街を変えようと、
今は若手アーティストのギャラリーなどに姿を変えているのだという。

あらためて一階に下りるとトイレがあった。
「あまりおすすめはできません、会場に戻ったほうが・・」
と言われたトイレだったが私は入ってみた。
便器に座ると、想像というにはあまりに生々しく
かつて同じ恰好でここに座ったであろう女性たちのことが思われた。
けだるさであったか、やるせなさであったか、惰性による無感覚であったか
そのすべてであったか、そうしたものを含んだ彼女たちの吐息が
狭い空間の中で自分の背中に折り重なってくるような感じがした。

二階に戻ってみる。
ここにおそらくベッドがあったのだろう。
私はがらんとした楽屋である詩を思い出していた。


ここに立つと女はみな
同じ鍵穴のついた空室になる
値ぶみするような
男の視線に
まともにぶつかり
私は表札のない空室になる

　　　　　　　　　柴田千晶『空室』(ミッドナイト･プレス、2000年)


東電OL殺人事件を題材にした詩の一部である。
柴田氏は都守美世が参加したポエトリーリーディングでやはり朗読されていて知った。
(ちなみにこのとき、美世ちゃんは「燕の帰る晴れた朝」も朗読した)
この会は斉藤斉藤氏も参加されていたり、今思うと大分豪華な会であった。
ポエトリーリーディングとしての圧巻は主催の伊津野重美氏だった。
柴田氏の朗読は割と淡白でてらいのないものであったが、
その詩の吸引力が強く、終わってその場で上の詩集を求めた。

被害者の東電OLが売春を繰り返していた神泉駅周辺を
柴田氏が訪れ書かれたこの短編詩は、「彼女」との対話で
しめくくられる。

路上にしゃがみこみ
彼女は静かに放尿している
静かに
深部を絞り出している
(寒いわね)
と、彼女はつぶやく
(寒いわね)
と、私も応える
彼女の空室に
紙のような夜が
また
積み重なる
　　　　　　　　　　　　柴田千晶『空室』(ミッドナイト･プレス、2000年)

「空」という字を「から」とも「むな(しい)」とも読むのは
漢字の奥深さを感じさせる一例になるであろうが
柴田氏は「空室」を女が抱えていると表現することで
生物学的な構造としての「空室(＝おそらくは子宮)」のみならず、
女の空しさや虚無をも強烈にあぶりだす。

私はがらんとした細長い楽屋にいて
まさにここも「空室」だなあと思った。
不可能ではないが、人が根を下ろして生活する間取りではない。
時間が来れば本来の空室にもどって、人はたちまち消える場所。

四年前に一帯から売春業者は締め出されたというが、
どこで締め出すにせよ、遊郭の歴史が長々とあり、
半世紀前までは公娼のいたこの国で
ビジネスとしての売春業がなくなることはない気がする。

四年前まであの空室で男を待っていた女たちはどこへいったのだろう。
彼女たちの内なる空室は今も満たされぬままがらんとしているのだろうか。


追記
ライブには友部さん夫妻がいらしてくれて
楽屋の話をすると友部さんが歓楽街だったころの黄金町の話をしてくれた。
帰り道PoPoyanｓの二人と歩いていると、立ちションしているおじさんがいて
おじさんのおしっこが3方に分かれていたとnonchanが教えてくれた。

上記の伊津野重美氏の朗読ライブはその後2回ほどうかがったが
本当に素晴らしい。『真夜中』でエッセイを書いていて、それが
とても面白くて気になっていた新進気鋭の映画監督石井裕也氏も
伊津野氏と親交があるらしく、人的つながりの面白さを思う。








        
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    <title>三里塚から遠くはなれて</title>
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    <published>2009-01-13T14:45:13Z</published>
    <updated>2009-01-21T14:21:47Z</updated>
    
    <summary>近所の玉川上水脇に更地が次々と現れ きれいな緑のフェンスで囲われていく。 上水脇...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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        近所の玉川上水脇に更地が次々と現れ
きれいな緑のフェンスで囲われていく。

上水脇の道は土の遊歩道だ。
ベビーカーで通ると夏のぬかるみで車輪が泥だらけになった。
それでもその道を通ってしまうのは、
上水沿いに咲く小ぶりの百合を娘に見せたり、
数種類のアブラムシを観察できたりするからではあったのだが、
本当はある旅で出会った風景に限りなく近い景色がそこから見えたからだ。

でもそれも一年もたたぬうち見えなくなった。
木々は切られ、畑は掘り返され、家は壊されてフェンスで囲われた。
投函された都のチラシによれば
「幹線道路放射線5号」建設のための上水脇の土地取得率は
５０％だそうだ。

まだぬかるみ道を歩いて、「あの旅の景色の場所」を眺めていたころ
「玉川上水を第二の三里塚に」というポスターを目にした。
三里塚、40年近く前の私には実感の湧かぬある闘争の呼び名。
かろうじて知っていたのは、高三のとき文化祭の劇でつかこうへいの「飛龍伝」をやって
そのとき、樺美智子役をやったからだった。劇中では神林美智子と名を変えられた
その女性を演じるべく、高野悦子「二十歳の原点」など、その当時のものを読んだり、
全共闘世代の先生に話を聞いたりした
(これは「脚本」担当もしていたのでその際担当の数人で聞きに行った気がする)。

ともかく三里塚は遠い。
道路建設のための土地取得率50％と聞いてもう50％かと思う。
この一年で景色はがらりと変わった。
「環境の大切さが叫ばれる時代に、貴重な上水の自然破壊を
進めるとは時代に逆行している・・」云々
個人が立てたと思われるたて看板ももちろん撤去された。
地元で頑張って活動している団体はないのだろうかと
サイトをみても、更新が数年前で止まっている。
自宅が壊されるのはごめんと頑張って反対してきた人たちも
ふと新築分譲のチラシをとっておいたりするんじゃないだろうか。

怒りはやり場のないまま風景は変わっていく。
三里塚から遠くはなれて
私は失われた「あの旅の景色の場所」を思い出し、
そのとき一緒にいた人のことを思い出してみる。
うっそうと緑茂る上水にブルドーザが入る日にも、
上水の脇をつまらない街路樹が植えられた大きな道路が走る日にも
それらを忘れないように。




        
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    <title>山谷の夜　山谷の雨　泪橋交差点</title>
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    <published>2008-11-15T13:46:09Z</published>
    <updated>2008-11-15T14:54:06Z</updated>
    
    <summary>ある絵描きが死んだ。 「ある絵描きの歌」「家なき人」のモデルあるいはインスピレー...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
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        ある絵描きが死んだ。
「ある絵描きの歌」「家なき人」のモデルあるいはインスピレーションの源となった人、Sさん。
ライブではMCで何度か話した。
訳がわからずにいると。

日比谷線南千住駅の小さな改札へと降りる。
思いがけず動悸がはやまる。
忘れていたが、5年前二人で会うために待ち合わせたのは
確かにその場所だった。
Sさんのにやっというはにかみを思い出す。

家をでると雨がやんでいて、もってでた傘が少し邪魔だったのだが、
南千住もすでに雨はふっていなかった。
線路上の歩道橋をのぼっておりて歩き始めると泪橋交差点が見える。
セブンイレブンも見える。

5年前の夏、大学の先輩に山谷の夏まつりに連れてきてもらって
Sさんと出会った。絵を描くというので、後日二人で会って自宅で、
といっても、安い下宿のようなところの一室だったと記憶するが
そこで絵をみせてもらった。私の気に入った一枚をSさんは
セブンイレブンでカラーコピーしてくれたのだった。
普通変わらないものなのだろうが
セブンイレブンのコピー機の位置は同じままで、
そんなことに胸が熱くなる。

労働者福祉会館の二階に上ると
すでに部屋いっぱいにSさんを知る人々がいて
車座になって思い出話が始まっていた。
長居できないのでと入り口近くに座布団をもらって座る。
ふと隣の人の手元をみると「ある絵描きの歌」の歌詞がある。
「是非うたってください」と先日あったとき言っていた
ライターのFさんが配布してくれたようだが
果たして歌えるだろうか。

急ごしらえの仏壇の前にSさんのお兄さんがいる。
横顔しかみえないが、Sさんにそっくりだった。
参加者の一人があんまり似ていてなつかしいので
「これからもここに年に何回か来てもらいたい」と言うのも無理がなかった。
この場には一時間もいられなかったが、お兄さんの顔を見れただけでも嬉しかった。

この場にいる人々はほとんどが、山谷での支援運動を積極的に支えてきた人たちだ。
たった二回あったきりの私が、それでもどうしてもこの場に来たかったのは
Sさんがただ恋しかったというのもあるが、
私が私の作った歌をこれからも歌い続けるからでもあった。
歌い続けるために情報がほしかった。
訳が分からないままではいけなかった。
私が歌うたびSさんの面影は空を舞う。
今生の別れどころではないのだ。
私はSさんの急逝の意味をよく考えたかった。
意味などなくても考えたかった。

参加者はひとりひとり思いでを語った。
どの思い出の色も温度も少しずつちがって、
貝殻を拾って歩くように
その場にいた人たちは、
誰かの思い出の中のSさんの姿
を掌に収めて優しい目をしているように思った。

ある女性が言った。
「新しい色の絵の具を一本買うこと、
それがどれだけ自分にとって大切なことかって言ってました」
高いけどこれしか使わないんだよ、普通の絵の具じゃだめなんだ、
光沢の感じがね、と狭い部屋で見せてくれた
アクリル絵の具のおしつぶされてほとんど残っていないチューブを思い出す。

人々の思い出話は続いていたけれど時間がきてしまって
私は最後にお焼香だけしにいった。
写真の中のにっとわらった坂本さんと対面した。
もっかいきました。
きましたよ、山谷に。
Sさあん。
安らかに、と念じるまもなく
叫びたいような思いが押し寄せる。

挨拶をして、人々の集う部屋を後にする。
歌はうまく歌えなかった。
誰もプロの歌手とは信じまい。
泪橋交差点とその先の駅を目指してさほど寒くない夜の山谷を歩く。
セブンイレブンの明かりが見えてきた。
コピー機はやっぱり同じ場所にある。
原画の端をきちっと合わせてカラーコピーするSさんがいる。
その横に、何となく研究者を目指していたころの私がいる。
ねえ、私ここにいるよ。今は歌を歌っていて多分これからも歌っていくの。

泪橋交差点で信号を待つ。
どうやら、知らぬうちに降った雨の影を残したんだろう、
アスファルトはさっきよりぬらぬらと黒く光っているように思った。


        
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    <title>良成さんの蝉の歌</title>
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    <published>2008-08-30T14:15:15Z</published>
    <updated>2008-08-31T14:56:54Z</updated>
    
    <summary>夏も終わりにちかづいて蝉の鳴き声も焦りを帯びて聞こえる。 それを聞きながら佐藤良...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
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        夏も終わりにちかづいて蝉の鳴き声も焦りを帯びて聞こえる。
それを聞きながら佐藤良成さんを思い出す。

良成さんはよく「やあ」という。
メールにもよく「やあ、元気？」と書かれている。
いまどきの若者はあまり「やあ」とは言わない。
私の知り合いでも、過去一人、大学院でであった
ギターを弾く同じ専攻の男の子がいたきりだ
(良成さんもギターを弾くがギターと「やあ」とはあまり関係ないだろう)。


「やあ」と言われると、何故だろう、その人がどこかから
はるばるやってきたような不思議な風が一瞬流れる。
その人が長い旅をしてきて、ひょっこり私と出会う。
そんな喜びがある。
おそらくすでに「やあ」は古い言い回しに入るのだと思う。
特に同年代の男の子に言われると不思議な気分になるのだ。
時空を超えて「やあ」という言葉が私の目の前に現れたような、新鮮さがある。
その感覚は嫌いではない。

良成さんは何となく浮世離れした感じがする。
それは去年のクアトロライブのとき、彼がリハーサルのとき
着て歌っていたポンチョのせいかもしれない。
良成さんはポンチョが良く似合う。
ポンチョをきて暑そうに歌う良成さんをぼんやりみていると
ああ、この人は長い旅を経てきたんだ・・とピアノの前に座りながら私のほうが
勝手に非日常の空想世界に入り込んでしまったほどだ。

そのクアトロライブを控えていたある日、
ゲストとして出てもらうお願いをしようと、
下北沢で毎週開かれている彼のソロライブに顔をだした。
そのとき良成さんが歌っていた新曲のなかにあったのが蝉の歌だ。
蝉のはかなさに思いを寄せるとか、蝉の鳴き声に夏を思うとか
そういうよくありそうな歌ではない。
良成さんが蝉の気持ちを代弁した歌だ。
歌う良成さんは蝉の化身のように見える。
そう書くと聴いているほうも、ちょっと笑みがこぼれるというか
面白い歌だな、と肩の力ぬいて聞ける曲のように思えるが
この蝉の歌はそんな軽い歌じゃないのだ。
当の私がそういう軽い気持ちでその歌を聴き始めて、
終わる頃にはすっかり感激して心が震えてしまった。
良成さんに見えている世界の鮮やかさがどっと私の中に入ってきた感じがして、
クアトロでは是非蝉の歌を歌ってくださいとお願いした。
当日良成さんが歌ってくれなかったのは、多分10月も終わりのクアトロライブだったからだろう。

そう、浮世離れと書いたけれど良成さんは別の世界からやってきた人のようだ。
ふうわりつかみ所がなく、蝉の歌を歌ったりオタクの歌を歌ったりする。
でも、彼の目はこの世をしっかと見据えている。
時たま射抜くようなまなざしは観察者のそれである。

多分良成さんは今日もどこかで「やあ」と片手を上げて
笑いながら、この世界をじっと見つめては
蝉の歌のような傑作を音に紡いでいるはずだ。


        
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    <title>星影のステラ</title>
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    <published>2007-03-12T15:44:20Z</published>
    <updated>2007-03-12T16:23:42Z</updated>
    
    <summary>はじめまして。楠井五月（クスイ・サツキ）です。名字のどこにアクセントを持って来れ...</summary>
    <author>
        <name>楠井五月</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        はじめまして。楠井五月（クスイ・サツキ）です。名字のどこにアクセントを持って来ればいいのか聞かれることがよくありますが、僕もよくわかっていません。
前回のブログでゲンヤさんから変なフリをされてずっと悩んでいましたが、スモッグについて何か書けるわけもないので適当に書きます。

僕の家は京王線の駅が最寄りなのですが、ライブ等で終電を逃した時は中央線の駅から歩いて帰ることがあります。中央線方面から歩いて帰る道は結構狭く暗く、しかも途中で大きな橋まで渡らなければなりません。30～40分の道のりですが、ウッドベースを抱えて帰るには辛い道です。
そんな時に気を紛らわせてくれるのが星空です。
「この橋を渡れば家に着く…！！」
最後の一歩を後押ししてくれるのが橋から観るオリオン座やさそり座や夏冬の大三角です。残念ながら南向きに歩いているため北斗七星なんかは観れません。
冬の寒い夜に観る星空は心が洗われます。
こんなことを書いていると他のメンバーに笑われそうで恥ずかしいのでこの辺で。

これを書いている時、「Stella By Starlight（星影のステラ）」というジャズの名曲が流れてきました。Kenny Drewというピアニストの演奏です。
こんな素敵な邦題をつけた人は誰なんでしょう。素晴らしいセンスだと思います。
ジャズの素敵な邦題と言うと「Someday My Prince Will Come（いつか王子様が）」が思い浮かびます。
いつか王子様『が』で切っているのが詩的で素晴らしいと思います。


いい加減酔いが回ってきたのでこの辺で。まだこのブログを書いていないKUMAさん、邦題について何か語りたいことがあればどうぞ。
        
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    <title>はい</title>
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    <published>2007-02-24T15:10:19Z</published>
    <updated>2007-02-24T15:30:15Z</updated>
    
    <summary>ども。ゲンヤです ブログのアップロードの仕方とかが良くわからんで、もたもたしてた...</summary>
    <author>
        <name>武田　玄也</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        ども。ゲンヤです
ブログのアップロードの仕方とかが良くわからんで、もたもたしてたらもう24日ですよ
ライブの日にその日の事をつらつらと書いてたんですがお蔵入りにしました

今日はあれです。風の強い日でした
原付で東八道路(京王線と中央線のあい中あたりのでっかい道)を走っていたら、突風で軽く40、50ｃｍは左右に揺さぶられました
あと人の多い所で突風が吹いた折には後方で女性の悲鳴がたびたび聞かれました
スカートの方は要注意ですね

風の強い夜は月やら星やらがくっきりと見えるのは気の所為ですかね
スモッグやら何やらを運んでくれとるのかも知れんですね
空の空気が入れ替わるんですかね
その辺の事について楠井君何かあれば次どうぞ
バトンの事については歯止めをかけるという戦略で対応します
        
    </content>
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    <title>440で222</title>
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    <published>2007-02-23T15:16:53Z</published>
    <updated>2009-01-12T07:15:20Z</updated>
    
    <summary>本日はあれでした。あれです、LIVEです 音楽を聴いてる人やくっちゃべってる人や...</summary>
    <author>
        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        本日はあれでした。あれです、LIVEです
音楽を聴いてる人やくっちゃべってる人や演奏をする人が混在するあれです

舞台で演奏が始まるちょっと前には客席の明かりが消えるあれですよ

なんつーんすか、舞台上がったり降りたりしているとたまに不思議な気持ちになりますね

        そもそも演奏するために舞台に上がるのか演奏できる人間だから舞台にいるのか
音楽やりたいから舞台に上がるのか

まぁ、なかなかに色々な事を思います
そしてきっと明日には忘れてます

何にせよ寺沢誕生日おめでとう
バトンについては保留しておきます

O-pa-to の O(う)、はやっぱり4裏じゃないか気になって仕様がない一日でした
それについて楠井君何かあれば次どうぞ
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>ありがとう</title>
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    <published>2007-02-17T08:05:20Z</published>
    <updated>2007-02-18T16:37:30Z</updated>
    
    <summary>バトンを受け取りました。またひとつ無駄に歳をとりました。ありがとうございます。 ...</summary>
    <author>
        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        <![CDATA[バトンを受け取りました。またひとつ無駄に歳をとりました。ありがとうございます。

このブログもバトン形式ですが、最近のmixiやブログ界隈のバトンのばらまかれ方は目に余るものがありますね。僕のところにも以下のような答えづらいバトンがしょっちゅう来ていて、「これは何かの嫌がらせか!？」と頭を悩ますことがあります（ウソ）。これを機会に以下のバトンを武田君にまわします。ひとつ以上選んで回答して下さい。

<br>
<blockquote>
■ 米騒動バトン（読み：こめそうどうばとん）

米騒動（江戸時代など）にかんするノスタルジックな思いを書き連ねるためのバトン。一部の人間（特にお年寄り）の間で、「米騒動」が「1993‐4年の米不足騒動」に勘違いされ、「タイ米がまずかった」「いや、チャーハンにするとおいしい」などの誤解に基づく議論が巻き起こった。
</blockquote>
<br>
<blockquote>
■ ananバトン（読み：あんあんばとん）

某女性誌を志向したバトン。なんでもかんでも「ぷち」「ちょい」「モテ」「セクシー」...等々のフレーズをつけ、何でもかんでも「恋愛」「体（ダイエット）」「コミュニケーション」「こころ」に結びつけ、おまけにあらゆることを「セレブ／カリスマに学ぼう!!」とするバトン。一部の男子大学生（理系）に人気であると言われる（ベネッセ調べ）。一部の人間の間で、「anan」が「アナン事務総長」に勘違いされ、「アナンのどこがちょいモテなんだ???」とか「『アナンから学べ』だと!?何をだ！？国際政治をか！？」というクレームが続出した。
</blockquote>
<br>
<blockquote>
■ 中性子バトン（読み：ちゅうせいしばとん）

アインシュタインか湯川秀樹かその辺の誰かが発見した中性子に関するバトン。ほとんどの人がよくわからずに回答するため実のある内容にはなりにくい。しかも質問作成者自体がよくわかっておらず、例えば「Q3. 中性子との出会いはいつ？」「Q7. 中性子の後には何がオススメ？」のような意味のない質問が多いことが問題視されている。女子中学生の間で「もっとも受け取りたくないバトン」という評価をうけた（2005年 ベネッセ調べ）。
<blockquote>]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>おめでとう</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tblegs.com/blog/2007/02/post_34.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.tblegs.com/cgis/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=38" title="おめでとう" />
    <id>tag:www.tblegs.com,2007:/blog//1.38</id>
    
    <published>2007-02-09T09:52:11Z</published>
    <updated>2007-02-09T14:09:37Z</updated>
    
    <summary>くせのあるとは甚だ心外ですが。 今日はジョニーの誕生日。いくつになったか知りませ...</summary>
    <author>
        <name>NKD</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        くせのあるとは甚だ心外ですが。
今日はジョニーの誕生日。いくつになったか知りませんが
当人の知らぬ間に、おめでとう

誕生日といえば、誕生日事典という本を知っていますか？
どこのレコスタにもなぜか常駐されている、いわば業界標準の名著です
レコーディング作業というのは待ち時間も多くて、
そういった暇つぶしになるような本が置いてあったりします
365日の誕生日に生まれた人がどんな性格、とかどんな人生を送る、とか
いろんな占いをもとに何のためらいもなく勝手に決めつけてくれてます
抽象的な表現で、いかようにも解釈できる、とかいう類のものは
当たっていると思い込めば、この上ない的中率なわけで。
他にも同じ日に生まれた偉人が載っていて
自分の誕生日のページには
マルキ・ド・サドという人が出てきます

「彼の名は、サディズムの語源として広く知られているが、
サド自身はサディストであると同時にマゾヒストでもあった。
不品行のかどで何度か投獄され、獄中にて精力的に長大な小説をいくつか執筆した。 
それらは、リベラル思想に裏打ちされた背徳的な思弁小説であり、
また空前のサディスティックな小説でもあった。
そのため、19世紀には禁書扱いされており、ごく限られた人しか読むことはなかった。
サドはフランス革命直前までバスティーユ牢獄に収監されていた。
後にナポレオンによって狂人とされ、精神病院に入れられそこで没した。」－Wikpediaより

こんな人が書いた小説読んでみたいと思いませんか？
禁書扱いだったとかというのもまた興味をそそります

想像力と反骨精神に満ち溢れた才能あるクリエイターは
一方では反社会的な象徴であり投獄の対象であったわけですが
このように独立した個人たりえる、ということは
人生において重要な命題だな、と時折感じます

リレーは
文頭で触れたThousandsBirdies&apos;Legsのもうひとりのフロントマン・ジョニー寺沢氏に。
        
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    <title>それぞれの声を</title>
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    <published>2007-02-07T14:53:15Z</published>
    <updated>2007-02-07T14:58:19Z</updated>
    
    <summary>今年メジャーデビューになるってこともありますし バンドのメンバーがみんな書き込め...</summary>
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        <name>寺尾紗穂</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tblegs.com/blog/">
        今年メジャーデビューになるってこともありますし
バンドのメンバーがみんな書き込めるように
してもらいました。

で、今までのエッセイ風なあんまり
更新されない私のブログは
ソロの方にうつせないかなと準備中です。

くせのあるメンバーのそれぞれの声が届くときっと面白い。

とりあえず、このバトンはリーダーNKDに渡してみようかな。
断られるかもしれませんが。
        
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